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藤堂俊介 @shunsuketodo

令和8年5月16日 穏やかな土曜日 リハビリの休み。午後からB1長崎ヴェルカと千葉ジェッツ、準決勝GAME2を動画配信で視る。長崎勝利。ついに決勝進出。来週も応援盛大にて動画配信を観戦したい。 親父の誕生日と間もなく七回忌 5月16日、93年前、親父が生まれた。末っ子九男だった。以前は多子家庭がよく見られた。 小学生の頃は太平洋戦争があり、戦況悪化により防空壕掘り、甘藷栽培動員、軍事教練ばかり、家の近くに爆弾2発落ちた。これが親父から聞いた戦争体験。 長崎原爆投下のあと、年が離れた三菱に勤めていた兄が住む長与町に行くため長崎市を通った。入市被爆になるはずであるが、兄が被爆者の申請をしなかったというのが母から聞いた話。 親父の学生時代や青春時代、そして結婚に至るまで一切話さなかった。写真撮影が趣味の1つであったから60年以上前のモノクロ写真から推定するしかない。 その親父も22日がくれば七回忌。コロナ禍が叫ばれていた最初の頃、肺炎と腎不全で世を去った。私が2月負傷して手術入院した大学病院、最後の2週間にいた部屋の真向かいだった。因果なものを感じる。母は父親の看取りの記憶が出てお見舞いに来るのを拒んだ。 祖父はノートに日記や記録を几帳面に残していた。父親は分からない。離島の今より遥かに活気があった港町に遊びに行ったりしていただろうか。34歳に結婚するまでは自営業を営み、お金が貯まればふらりと旅行や、家具調ステレオセット、当時の皇太子ご成婚前にテレビを買ったりと趣味が中心だった。 子は親に似ると言うが、親父の若い頃は意外と私のように趣味に使ってしまうような生活を過ごしたとも考えられる。タイムマシンがあれば見てみたい。

2026-05-16T08:28:09.460Z
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